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【卒業生インタビュー】なぜ和光大学に進学したのですか?-赤岡直人さん(46E)

 

赤岡直人(46E)
山梨県教職員互助組合常務理事
前笛吹市立御坂中学校校長
前山梨県公立小中学校長会会長

46E 赤岡直人

高校3年の夏、もし大学に進学するなら、今通っている高校のような伝統校
(旧制の第二中学校で、質実剛毅・文武両道の伝統校だった)ではなく、全く新しい大学がいいなと考えていました。
また、当時(1970年頃)は、政治・経済・文化等のあらゆる場面で、改革・革新のビッグウェーブが起こっていたので、
大学も斬新的なところがいいなと考えていました。

そんなある日、私が所属していた剣道部の顧問でもあり、学級の副担任でもあった英語の先生が、
進学の相談に乗ってくれるというので、私の考えを話してみました。
その時、私なりに調べておいたいくつかの大学名を挙げると、
その先生が「赤岡が入って4年間もちそうな大学はここだけだ!」といって、和光大学を薦めてくれたのです。

その後、大学案内等で和光大学についてさらに調べたところ、梅根学長の「小さな実験大学」という考え方に
とても魅力を感じ、「この大学がいいな!」と思い始めました。
さらにその後私は、どうしても和光大学に入学したくなる、そんな決定的なことを知りました。

私は、中学校時代からフォークやロックに親しんでいて、レコードや書籍の入手はもちろん、コンサートに出かけたり、
仲間とコンサートを企画したり、レコードの自主制作を行ったりと、それなりの音楽活動をしていました。
そんな中で、高校時代に大好きなロックバンドがありました。伝説のロックバンド「ジャックス」です。

1969年の夏に岐阜県中津川で行われた「第1回全日本フォークジャンボリー」で、朝霧にけむる野外ステージの前に座り込んで、
「今日ここで解散します」というジャックスの最後のステージを見ました。残念で涙がこぼれました。
そのジャックスのメンバーが、なんと和光大学の出身だったのです。
ギターとボーカルの早川義夫さん、ベースの谷野ひとしさん、リードギターとボーカルの水橋春夫さんの3人です。
この事実が、私に、「絶対に和光大学に入ろう」と決意させました。

和光大学に入学してみて、もちろん「ジャックス」の3人はいませんでしたが、
あの「ジャックスの精神」みたいなものは、確かに当時の和光大学には残っていました。

また、「ジャックス」と同じ頃「休みの国」という名前で音楽活動していた高橋照幸さんの仲間たちもまだ在学していました。
和光大学への入学は、私に大満足を与えてくれました。1970年の前後に、
「音楽を自分たちの手に取り戻す」という大きなムーブメントの中心となるとともに、
音楽のみならず「ラブジェネレーション」という「生き方」まで意味づけてくれた「ジャックス」の在学していた大学で、
4年間を過ごしたことは、私の人生にとって大きな意味がありました。

追伸 2002年11月の和光大学学園祭で、早川義夫+佐久間正英(和光大学の卒業生で私の一つ上の学年/
BOOWYやGLAY、JUDY AND MARYなど多くのアーティストを手がけた音楽プロデューサーで
ミュージシャン/2014年1月16日に胃がんで死去)+HONZI のライブがありました。

広場

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